運営者について

Yukio Takeyama

さるわかスマ・パソコンサルタントコーチ
「ハルカディア代表」

現在の活動

起業家を中心に中小企業まで、 現代社会で必須のIT(パソコン・スマホ等)と Web(インターネット)の環境をトトノエたり、 豊かに生きるための活用法や向き合い方のサポート

を基本軸に、スマホ・パソコン・インターネットに関するあらゆるお悩みや相談や活用方法を「おさるさんでもわかるくらいに…」をモットーに、親切・丁寧に説明しながらお助け・サポートするIT&Webシステムコンサルタントコーチとして活動中。

学生時代

中学卒業後、コンピュータの世界に入りコンピュータの原理を学んでから37年。
学生時代は高専と大学で情報工学を学ぶ。

会社員時代

社会人からは、日本のパソコン史では8ビットパソコンの最盛期手前頃から、 その進化の歴史と共に様々な管理システムの設計・開発・運用の業務に主として携わる。 大企業から中小企業まで計7社を渡り歩き、 関わった開発プロジェクト数は計50以上。 多種多様なプログラム言語を扱うシステムの設計・開発をメイン業務とし、 SEの仕事は激務の文字通りに20代、30代は、徹夜や午前様は当たり前の会社員時代を過ごす。

さらに、システムを運用する現場担当者や社内総務・経理関係部署の担当者から届くトラブル時の 対応評価が高かったようで、社内のコンピュータ管理業務の担当もたびたび命ぜられる。 また、国土交通省の出張所各所のパソコンや 周辺機器のトラブル対応やメンテナンス、 サポート業務を担当する時代も持つ。 社内外含め、これまでサポートしてきた人数は 延べ約1万人。

これらの経験から、 パソコンに関係する苦手意識を持つ人々の様々な要因や思考パターンを感覚的に蓄積。 現在のサポート・コンサル・コーチをする際の多くの引き出しとして活かされている。

フリーエンジニア以降

2015年中旬にインターネットビジネスのメンターに出会い転機が訪れる。 結果、2016年からフリーエンジニアに転身。

SNSで繋がるご縁から、主にインターネットを利用したビジネスを志す数々の起業家への IT&Webのサポートを開始。
パソコンやスマホ、インターネットに関して苦手意識を持つ初心者の方々にはイロハから、 また、初中級以上の方々には具体的な活用法を可能な限り伴走しながらを意識してお伝えしている。

同時に、中小企業、個人起業家からのご依頼で Webサイト制作やパソコン&ネット環境整備、 トラブル時のパソコン修理も行なっている。

今後…

今後はさらに、 オタクではないIT&Webエンジニアが、 「人基軸」に立った

  • 初心者も納得する分かりやすいパソコンのイロハ
  • パソコン苦手意識との向き合い方
  • パソコン&インターネットの活用方法
  • Webサイトと集客のしくみづくりをサポート

しながら、後進を育てるため、

IT&Webエンジニアの「在り方」 をお伝えすることを計画中。

Haruyoshi Takeyama

さるわか!食育アドバイザー

現在20歳。
愛知県豊橋市出身。
幼少期をここで過ごし、
小学生から福岡県北九州市に移住。

 

小学3年からそろばん教室に通う。(習い始めたきっかけは思い出せない)
また、水泳が苦手で克服したかったため、4年生から
スイミングスクールに通い始める。
その甲斐あって、5年生の水泳から苦手意識がなくなり、
授業がちょっと楽しみになるまでになった。

 

加えて5年生からは全教研という塾に通い始め、電車とバスを使って
自宅から小1時間の場所にある中高一貫校を目指して勉学に励む。
無事合格した。
小学生の頃、自分をいじめていた同級生とは違う中学に行ける
ということもあり、合格が決まったときはかなり喜んだと記憶している。

その人たちとおさらばしたかったから・・・というのも
中学受験の理由の一つであるが、その学校に行くことが当時の自分の
夢だった医者になる為の近道であると考えていたのがそもそもの理由。

 

しかし、中学2~3年生の頃には、なりたいものが変わっていた。

7歳の誕生日の日、初リリース日であったドラクエ8を父が買ってきて、
家族で夜中の3時近くまでプレイしたのがきっかけでドラクエが好きに
なり、それから年々ゲームへの興味関心が強くなり、
医者<ゲームに携わる職 となった。

だがそれも、「ゲームは作る側よりもする側のほうが楽しい」という
結論に至り、その夢はいつの間にか消えていった。

 

父がテニス経験者で、その恩恵もあってテニスに興味が湧き、中学時代は
テニス部に所属していた。
高校にあがってからはバドミントン部に所属する。
しかし訳あって高1の夏からは帰宅部へ。片道1時間前後の自転車通学
が続いた。

 

高校2年から数学Ⅲと化学についていけなくなり、
次第にそれまで頑張っていた勉学に対してやる気が薄れていく。

高校3年の夏の時点で
「自分が何になりたいのか」「どう生きていきたいのか」
が明確になっておらず、行きたい大学はあったものの、大学に入って
卒業した後のイメージが全然湧かなかったため、受験勉強に
身が入らなくなっていく。
受験はしたが、当然不合格だった。

 

浪人も考えていた頃、インターネットビジネスのメンターが配信されている
メルマガを読み、自分の知らなかった世界を知り始める。
大学が全てではないという考えに至り、大学には行かない道を選ぶ。

 

その頃、社会経験を兼ねてバイトを始めることを決める。
父からは時給が高いところや、もし将来的に父の仕事を手伝うことに
なったときに役立つであろうIT関連のものを勧められたが、
自分は飲食に興味があったため、始めのうちは自分の興味の
あるものにしようという考えに至った。

結果、お好み焼き専門のチェーン店でキッチンを担当することになった。

始まって1ヶ月程でキッチンの仕事内容は一通りできるようになり、
その1ヵ月後にはホールの仕事内容もできるまでになった。

手際の悪さや仕事中のミスで怒られるなど、辛い思いは多々あったものの、
仕事が一通りできるようになってからの2ヶ月間は充実したものであった。

 

しかし、達成感はあったものの、

 

「仕事とは、これほどまでにガツガツしないといけないのか?」

「仕事の為に自身の心を殺して偽りの自分を演じ続けるのか?」

「今の仕事は嫌いじゃないけど好きでもない。
本当は
好きな仕事で生きていきたいし、将来的にそうで在りたいと思う。」

「今のままで本当にいいとは思ってない。今の状況を変えるには
何が必要なのか。」

「この現状には満足できない。不完全燃焼なんて冗談じゃない。」

「今の生活を続けることで、幸せな未来が訪れるのか?」

 

という仕事や社会に対する違和感や疑問、を徐々に感じ始める。

 

さらに、出勤日は開店から閉店までフルタイムで働いており、肉体疲労の蓄積という
こともあってか、高校卒業後からの背中の肌荒れが4ヶ月で一層酷くなっていた。

病院に通ったところ、「この状態が続くと完治は難しい」と忠告され、
このままではヤバイ・・・と真剣に悩む。
後に、その飲食店を辞めることを決意。(2016年8月)

 

同月、派遣として近所の「大手系列のスーパー」の販売業務に就くことになった。
8ヶ月ほど勤務し、2017年4月末に辞める。

5月には某大手IT企業の準社員としてコンタクトセンター(コールセンター)業務
に就く。

 

しかし

「自分のやりたいことではない」
「これをすることで自分の人生が前に進むとは思えなかった」

ことを理由に、なんと9日間で退職を決意。

3週間も経たないうちに再びスーパーに再就職し、販売業務に就いた。

 

このことから、

人生を幸福に生きるためには自分の適性を見つけることが大切だ
ということを実感。

 

適性が見つからなければ無駄な時間を過ごすことになり後悔する・・・。

自身の性格上、それは絶対に避けたかった為、再就職を機に
自分は何が好きでどういう生き方をしたいのか
をしっかり掘り出そうと考え始める。

 

「自分にしかできないことをして生きていきたい」
これが核だった。

 

 

内臓脂肪レベルが1を上回ることのなかった自身の食生活や
食事経験を元に得られた真理

 

「料理で本当に大切なのは、
 それが食べる人の存在をしっかり意識した料理かどうか

をベースに

 

原材料を『見る』『知る』『調べる』 これらの習慣を意識しながら

『作った人の気持ちを感じながら味わって食べる』

というように、食べる側も作る側と同じように、
お互いがお互いの存在を忘れない、そんな「食の在り方」を情報発信中です。

 

 

独自の『栄養と嗜好品の理論』から、食の在り方をはじめ
人が生きるうえで、本当の豊かさを得る為に解決したい3大項目の1つ、
『健康』をテーマとした活動を考案中。

 

 

趣味は 音楽/アニメ鑑賞、サイクリング、ドラゴンクエスト。

性格:マイペース

3ds版ドラクエ8を、イベント戦だけで真エンディングまでいけるのか
挑戦してみたいと検討中。

 

下記ボタンよりお気軽にお問い合わせください